「ヒマラヤ 運命の山」 こんな映画を観た:37

Him37

 実在の登山家、ラインホルト・メスナーは世界の8000m級全14座登頂を成し遂げた超人。

 そのメスナーが初めて8000m級の登頂を成し遂げた山、ナンガ・パルバット(8125m)が舞台の史実を元にした映画。原題は「ナンガ・パルバット」。そのままでよかったのにね~。タイトルのイメージが、ざっくりとした登山映画になってしまった。本質はもっと鋭い感じなのに。

 時は1970年。ラインホルトと弟、ギュンターは当時、気鋭の若手登山家だった。その二人がナンガ・パルバット遠征隊のメンバーに選ばれる。目標は標高差世界最大(4500m)の岩壁:ルパール壁の登攀(とうはん)とナンガ登頂。

 ハイライトはラインホルトと弟のギュンターが登頂を成し遂げ、その下山シーン。

 ラインホルトはパワープレイで自分だけで登頂を成し遂げるつもりだったが、ギュンターはザイルも外してラインホルトを追っかけてきてしまった。そのために下山は不可能に近くなってしまった。

 そこから地獄の下山シーンが続く。この映画の大半がこのシーンに費やされる。史実の話でしかもラインホルト本人が制作に加わっているので、雪山のシーンもかなり真実に迫っているよう。観ていてなんだか自分の身体が寒く、そして重苦しかった。どうして「もういいや…」とあきらめず下山することができたのか、その衝動はなんなのか。

 ラインホルトはバケモンのように屈強で精神も強靭なのだが、ギュンターは比較的普通の登山家。なんとかギュンターを励ましながら下っていくのだが、途中ギュンターが雪崩に巻き込まれてしまう。何度も死線をさまよいながらなんとかラインホルト一人で下山し、現地の人に発見してもらう。登頂しておめでとう!無事帰ってこれてよかったね〜な単なる感動の冒険活劇ではなく、下山後もつきまとう厳しい現実の数々。

 興味深かったのはエンディング後のその後のそれぞれの人生について。その遠征隊の隊長とラインホルトは14もの訴訟で争うことに。ギュンターは2005年に遺体が発見され(ずっと探していたのがすごい)、メスナー兄弟の後に登頂した二人のうち一人は数年後自殺(だったと思う)。

 一番凄いのが、その後もラインホルトは登山家を辞めずに前人未到の大記録を次々と打ち立てたこと。普通だったらたぶんそこで辞めてますよ。一般の我々の考えだと、「なんでわざわざそんな危険なところに赴くのか」と思うが、たぶん登山家たちは「危険」という概念はあまり登山を思いとどめる重要なファクターではないのだろうか。そこが攀(よ)じる者(登山家)と攀じらない者(一般の人)の差か。

 そしてその多くの高峰登山を成し遂げたにもかかわらず死なずに今も生きているということ。死人に鞭打つ意見で恐縮だが、決して亡くなった人を非難しているわけではないが、「生き続ける」というのが一番大変だし重要なのではないかと思った。本人が強靭なだけでなく、ラッキーの要素もきっと含まれるだろう。もしくはその人並み外れた感覚が危険を察知し、避けているのか。

 「山はただの山でしかない、人間が感情を抱くだけだ」というラインホルトの言葉。自然と対峙するラインホルトの言葉は独特だ。正直、映画ってエンターテイメント性を求められるのだろうが、こういうストイックな映画がもっとあってもいいと思う。この映画は上映館が非常に少なく、観るのに劇場に赴くのに苦労した。

 ちなみに上のHPのTOPの写真は映画での登頂シーンではなく、数年後にラインホルトが同じナンガを単独登攀で登頂を成功させた時の写真。だから何でこの写真なの?という疑問があったりして。

 2011年の映画。