「J.エドガー」 こんな映画を観た:45

 監督:クリント・イーストウッド、主演:レオナルド・ディカプリオが実在したFBI長官を描いた映画ということで観に行くっきゃない!ということで観てきました。

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 まず、この映画はプログラムを買って熟読してから臨んだ方が深く映画に入りこめます。いいパンフレットです。主要キャスト、監督へのインタビューからこの映画の時代背景、専門用語の解説などなどが細かく書かれており、日本人にはあまり馴染みのないFBI長官の話なので、事前知識があると深く映画に入り込めると思います。とても丁寧な作りにプログラムなっております。すばらしいです。 

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 …それに比べたら某魔法メガネ男子のラストの映画のプログラム、ラストなのでいろいろ書いてあるのかと思って期待して買ったらただのビジュアルブックでとてもガッカリしたのを思い出した…まあ、余談ですけどね(・∀・)

 1924年に発足したFBIの前身の司法省捜査局の局長に若干29歳の若さで就任したジョン・エドガー・フーバー。その強烈な独特な人生の話。実話です。

 ストーリーは主に、

 1:いかにしてフーバーはFBI長官になったのかと、その功績を老年になったフーバーが回顧録を作る形でのストーリーテリング

 2:副長官のクライド・トルソンと、そして秘書のヘレン・ガンディとの奇妙な関係

 3:母親との奇妙な関係

の3つを軸に話は進んでゆく。

 物語は晩年(1970年初頭)のフーバーが自身の回顧録を作る形で回想(1927年くらいから)を始め、また現在に戻りを繰り返しながら進んでゆく。過去の話は画面全体のトーンが控えめに暗めになっており、現在は明るいという対比がなされている。映画全体としてBGMがほとんど無く、淡々と話は進んでゆく。イーストウッド監督のスタイルなのかな?

 フーバーがFBIの前身の司法省に入省した頃の犯罪捜査はずさんで、今みたいに証拠物品がどうとか指紋がどうとか、今は当たり前の犯罪捜査の方法は存在しなかったらしい。そこで証拠物品を集めたり、データベース化を提唱したのがフーバーだったそう。若くしてキレ者だ。

 またFBI長官として活躍するシーンもいろいろあり、それはそれで見どころとなっている。当時はまだ確立されていなかった今で言うCSIな捜査方法を使って犯罪者を検挙する様はこの映画の見どころの一つでもある。

 序盤、フーバーは意中の司法省の職員ヘレンを、アメリ国立図書館にデートに誘う(それもどうかと思うけど)、そして当時は無かった今では当たり前の、蔵書のインデックス化はオレが考えたんだよと自慢気にヘレンに話す。それは後の犯罪捜査スタイルに役に立つので素晴らしい発明だと思う。

 そしてその誰もいない図書館で3回目のデートにしていきなりヘレンにプロポーズするフーバー。このシーンで、ん?と思う。フーバーは対人関係に多少問題があるんだということがわかる。後のシーンでも女性に話しかけられてしどろもどろになったりとか。基本、対人関係は高圧的だがフーバーは女性に対してはそういう面もあるよと。でもその後ずっとヘレンはフーバーに支えることになる。特に理由は描かれなかったが不思議な関係だ。

 そんな中、クライド・トルソンというフーバーと歳が近い男を雇う。ある日、二人でバカンスに行かないか?とフーバーがトルソンを誘うシーンがあり、そのやりとりの中で、それぞれの顔をじわじわとアップで寄っていくシーンが面白かった。二人の顔が「エッ!?二人で…キャッ♥」という喜びを極力抑えながら平然を装う顔の様がリアル…って男同士じゃんか!!そうです。そういう関係なんだよという説明にもなるシーン。あの二人は同性愛者なのか、史実は謎であるらしいが、クリント・イーストウッド監督はこう撮りました〜。それにしてもトルソンを演じているアーミー・ハマーはあの目元は本当にそっちなんじゃないかと思うような瞳だ。若年期と老年期を行ったり来たりしながら二人の関係を描くのはうまいな〜と感じた。時を重ねる意味が伝わるのではと思う。

 フーバーの母親との関係も奇妙で、いわゆるマザコンに近い関係。前述の、女性に話しかけられるシーンでフーバーはどもってしまい、その場を逃げ出すかのように家に帰り、母親になだめられるシーンもあり、極めつけは母親が亡くなってしまってからの鏡の前でのシーン。鬼気迫る演技で強烈なシーンだ。

 など、ただFBI長官として犯罪に立ち向かってゆく映画ではなく、その職業人としての卓越した能力の裏側にはぶっ飛んだ面が隠された人物なんだよということ。いろんな方面から見ることができる映画。こんな人が実在したのがすごい。

 フーバーはレオナルド・ディカプリオが演じているのだが、その晩年の老け顔メイクがオマエ誰?って思うほどリアルになされている。これはすごい。この映画の半分以上は老け顔レオ様なので、ファンの方々が観に行ったらとても残念なことになるだろう。それくらいリアルだった。

 それからその側近のトルソン、そしてヘレンも若い頃と老年を同じ俳優が演じている。ヘレンとフーバーは老年の時も声があんまり変わらなかったけ ど、なぜかトルソンだけものすごいおじいちゃん口調で、それはそれですごい演技。ヘレンを演じたナオミ・ワッツもおばあちゃんメイクは見事だったが、本人としては複雑だろう。

 そして気になったのが繰り返しシーン。大統領の執務室に入る前に入口に掲げてあるジョージ・ワシントン肖像画をチラ見するシーンや、大統領の就任パレードの時に自分の執務室のベランダへ出て、そのパレードを眺めるシーンが青年期と老年期で2度、繰り返される意味。それだけ長い間FBI長官を勤めているんだよ〜という表現なのかどうなのか。

 FBI長官として強拳をふるっていた一方で、マトモに女性を愛せなく、そして今現在でもまだまだ偏見の多い同性愛者への目、それを押し殺して日々を過ごすフーバー。「この世で一番強いのは愛」(うろ覚え)というセリフがあったが、フーバーにとっては誰への愛が一番強かったのだろう。母親?トルソン?仕事?ヘレン?

2012年の映画。