「大いなる沈黙へ ーグランド・シャルトルーズ修道院」(2D字幕)  こんな映画を観た:142

 フランス東部の山脈にあるカトリックの男子修道院を取材したドキュメンタリー。
 1984年に取材を申し込み、2000年に許可が降り、2002年と2003年に約4ヶ月かけて撮影、2005年にヨーロッパ等で公開し、高い評価を受ける。そしてそれから9年後の2014年に日本で初公開。そのかかった約30年の歴史の重みを感じながら見る。上映時間2時間49分。

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 そして撮影条件も厳しい。BGM無し、ナレーション無し、照明なし、監督が実際に6ヶ月間修道院に住み込み、共に生活しながらの撮影。よくあるTVドキュメンタリーの通例(BGM、ナレーション、照明等)をすべて取り払ってありのままの姿を映す。ナレーションによる説明がないので、修道員が何をやっているのかわからないこともある。何をやっているのか、何を考えているのかに神経を研ぎ澄ませる。日常が同じことの繰り返しなので、この映画は永遠に終わらないんじゃないかと錯覚させる。唯一、四季の移り変わりが時間の流れを告げる。

 全くBGMが無いため、普段は小さくて聞こえない、劇場の空調の「ボーーーー」という小さな音が気になるくらい。基本的に映画を観る時は喋ることはないが、さらに沈黙を守らればならない雰囲気。「ゴトッ」とイスが動いた音が、映画の中なのか観客の誰かが動いたのかわからないくらい映画と劇場内の音が空気が混ざっている。時間も長いし眠気もすごい押し寄せてくる。こちら側もまるで修行のようだ。

 「祈り」、「勉強」、「肉体労働」が修道士たちの生活だが、「祈り」が生活の主軸のようである。祈ることによって神に近づけるのか。老人の修道士たちは祈りの時間の蓄積が多いから神に近いのか。祈る時は何を考えているのか、誰かの身を案じているのか、それとも心は無の状態なのか。

 ときおり、修道士たちの正面からのアップが映される。別に爛々と力がみなぎっているわけでもなく、虚ろな感じでもなく、こちらを見つめる。その目を見て自分も彼らの意思を汲み取ろうとする自分。

 自分は、祈りによって何か見返りがくる、何らかの結果が出るんではないかと即物的に考えていたが、どうも違うみたい。金やモノでなく、自分の一生を神のために捧げる、もしかしたら下界に降りれば他に楽しいことたくさんあるかもしれない。その捧げる時間、人生が尊い

 きっとホンモノの宗教は簡単にはいかず、理解するのに一生かかるだろうし、金やモノを積んで得られるものではないだろう。修道士たちも大変な生活ではあるが、目が澄んでいて、この生活が辛いなんて思っていない目をしている。この修道院が何百年も続いているにはそれなりの理由があるのだろう。

  建物に差し込む光が美しく、レンブラントフェルメールの絵画のよう。1688年に建てられたもののようで、屋外の風景もそうだが、意図的に絵画化しなくても美しい。

2014年の映画。

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